富士さんのご近所さん
投稿者:今西和彦
こんにちは、今西です。
駿河湾の端っこからじーっと富士さんを見て育ったのが、
沼津が生んだ世界的な作家、芹沢光治良。
日本一のものを始終見ていたからこそ、
世界的にもなれた、と言えるかもしれない。
と言うことで、今回も富士さんよろしく。
この作家は、戦前、戦中、戦後と文壇のど真ん中にいたにも関わらず、
晩年、『神シリーズ』やある教祖の物語を書いたおかげで
批評やメディアでまともに扱われることがなくなった。
これが現時点でのこの国のインテリや想像力の限界かもしれない。
今後どんなかたちで復活するか楽しみだけど、
きっと甦るから、今のうちに古本屋で作品を集めておくのも良いかも。
文学的な価値はもとより、時代をまたいだ人間の一生を、
作品と作家の生涯のどちらからも追えるので、損はない。
ちなみに、先にあげた作品は、自宅の庭の木々と話をしたり、
教祖様との対話があったりで、今ではそんなに突飛な感じはしないけど、
90歳を過ぎてたから、変に誤解されたみたい。
以前、沼津の郷里、我入道の芹沢文学館を訪れたことがあるが、
連休というのに閉館していて、
関心の持たれかたの現実を目の当たりにした。
ただ、狩野川の淡水と駿河湾の海水が混じり合う河口付近の浜に立ち
富士さんを視野に入れたところで、文学碑を前にしたら、
そのあっけらかんとした何にもなさが、妙に落ち着いて、
「風に鳴る碑」と命名されていることを即座に体得した。
こんな書がある。
「幼かりし日
われ
父母にわかれ
貧しく
この浜辺に立ちて
海の音
風の声をききて
はるかなる
とつくにを想えり
芹沢光治良」
大学卒業前に訪れた、新潟、寄居浜でも似たような感覚があった。
「海へ行く道
なにもなかった
ぐみと砂と光
海で貝とった
そしてくった
坂口安吾」
悩める少年少女、いや年齢はこの際関係ない、
何にもなくていい、何もしなくていい、
何も言えなくていい、
一人になれる場所に行って、ただそこに立って、少し黙ったほうがいい。
一曲終りまで聴くぐらいは、心静かにありたい。
一人だからってさびしがることはない、
いつも遠くから、富士さんはお節介な視線を送ってくれている。
時々近寄ったり爆発するけどね。
ちょうど時間となりました...
富士さんのお話は、これにて終い。
富士通FMVにてお送りしました。




